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大阪地方裁判所 昭和61年(ワ)3197号 判決 1987年8月27日

原告

坂本国一こと姜國一

ほか一名

被告

鈴木央利

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告らに対し、各金九一三万〇九二七円及びこれに対する昭和五九年六月二五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  事故の発生

被告は、昭和五九年六月二五日午後四時三五分ころ、大型貨物自動車(泉一一や七九一八号、以下「被告車」という。)を運転して大阪市住之江区北加賀屋一丁目一番一九号先道路を東から西に向かつて直進し、北加賀屋一丁目交差点に進入したところ、右交差点東側と横断歩道との境目付近を小児用二輪自転車に乗つて南から北へ進行して右道路を横断しようとした訴外坂本喜洋こと姜喜洋(以下「亡喜洋」という。)に自車を衝突させてその場に転倒させ、同人を自車で轢過して死亡するに至らせた(以下「本件事故」という。)。

2  責任

被告は、本件事故当時被告車を所有し、これを自己のために運行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条に基づき、本件事故によつて生じた後記損害を賠償する責任がある。

3  損害

(亡喜洋分)

(1) 逸失利益 金一三五二万八一六四円

亡喜洋は、本件事故当時三歳の健康な男子であつたから、本件事故により死亡しなければ、就労可能な一八歳から六七歳までの四九年間にわたり、少くとも賃金センサスによる年齢一八歳の男子労働者の平均年間給与額一五六万円の収入を得ることができたはずである。そこで、亡喜洋が本件事故によつて失うことになる収入総額から、五〇パーセントの割合による同人の生活費を控除し、ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して同人の逸失利益の死亡時における現価を求めると、次の計算式のとおり、一三五二万八一六四円となる。

1,560,000×(1-0.5)×17.3438=13,528,164

(2) 慰謝料 金一二〇〇万円

亡喜洋は、本件事故により僅か三歳であえない最期を遂げたもので、その受けた精神的苦痛は重大であり、これを慰謝するに足りる慰謝料の額は、金一二〇〇万円が相当である。

(原告ら固有分)

(3) 葬儀費用 各金一〇〇万円

原告らは、亡喜洋の葬儀を執り行い、そのための費用として各一〇〇万円を支出した。

(4) 弁護士費用 各金八〇万円

原告らは、本訴の提起及び追行を弁護士である原告ら訴訟代理人らに委任し、その費用及び報酬として各金八〇万円の支払を約した。

4  相続による権利の承継

原告坂本国一こと姜國一(以下「原告國一」という。)は亡喜洋の父、原告金沢秀子こと金秀子(以下「原告秀子」という。)は亡喜洋の母であるから、原告らは、亡喜洋の死亡に伴い、同人の被告に対する前記3(1)(2)の損害賠償債権を各二分の一の割合で相続により承継した。

5  損害の填補

原告らは、本件事故の損害賠償として、政府保障事業から各五二四万八一五五円、被告から各一五万円、社会保険から各三万五〇〇〇円、合計各五四三万三一五五円の支払を受けた。

6  結論

よつて、原告らは被告に対し、3(1)(2)の合計額の二分の一に3(3)(4)の金額を加え、これから5の既払額を控除した各金九一三万〇九二七円の損害賠償金及びこれに対する本件事故の日である昭和五九年六月二五日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1、2の事実は認める。

2  同3、4の事実は知らない。

3  同5の事実は認める。

三  抗弁(過失相殺)

本件交差点は、四方に信号機があり、これによつて交通整理が行われている交差点で、南北道路及び東西道路にはともにセンターラインが設けられてあつた。被告は、幅員八メートルの東西道路の左側車線を対面の青色信号に従つて西進し、本件交差点に進入したところ、前記のとおり右交差点東側を小児用二輪自転車に乗つて南から北へ進行して右道路を横断しようとした亡喜洋に自車を衝突させたものであつて、亡喜洋の対面信号は赤色を表示していたのである。亡喜洋は、本件事故当時三歳の事理弁識能力のない幼児であつたから、その監督義務者である原告らは、同人が外出するときには自らこれに付き添うか、又は監督能力のある者をこれに付き添わせ、事故の発生を未然に防止すべきものであつた。しかるに、原告らは、何ら右のような措置を講ずることなく、僅か三歳の幼児を単独で外出させて本件事故に遭つたものであるから、右の点に原告らの過失があつたものというべきであり、損害額の算定に当たつては、右の被害者側の過失を斟酌して八割の減額がなされるべきである。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実は否認する。被告は、大型貨物自動車を運転して本件交差点に進入するに当たり、右交差点は左方に対する見通しが悪く、また交差点の手前には横断歩道があり、自車は大型貨物自動車であつて左前方に対する見通しが悪く、しかも、本件事故直前交差点手前で信号待ちをし、発進した直後に本件事故を発生させたものであるから、左前方に対する安全確認を怠つた過失があることが明らかである。そして、右に述べた点に照らすと、被告が左前方に対する安全を確認すべき義務の程度は重く、これを尽くすだけの時間的余裕も十分あり、被害者が三歳の幼児であることをも考えると、被告の過失は重大というべきであり、被害者側の過失はせいぜい五ないし四割とみるべきものである。

第三証拠

本件記録中の書証及び証人等目録記載のとおりであるからこれを引用する。

理由

一  事故の発生

請求の原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  責任

同2の事実も当事者間に争いがない。したがつて、被告は、自賠法三条に基づき、本件事故によつて生じた後記損害を賠償する責任がある。

三  損害

(亡喜洋分)

1  逸失利益

原告國一本人尋問の結果によれば、亡喜洋は、本件事故当時三歳の健康な男子であつたことが認められる。そして、昭和五九年度賃金センサス第一巻第一表産業計・企業規模計・学歴計、年齢一八歳の男子労働者の平均年間給与額は金一七八万四七〇〇円であるから、亡喜洋は、本件事故により死亡しなければ、就労可能な一八歳から六七歳までの四九年間にわたり、少なくとも原告ら主張の年間一五六万円の収入を得ることができたものと推認することができる。そこで、亡喜洋が本件事故によつて失うことになる収入総額から、五〇パーセントの割合による同人の生活費を控除し、ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して同人の逸失利益の死亡時における現価を求めると、次の計算式のとおり、一三五二万八一六四円となる。

1,560,000×(1-0.5)×(28.3246-10.9808)=13,528,164

2  慰謝料

亡喜洋は、本件事故により僅か三歳の若さで死亡したもので、その精神的肉体的苦痛は甚大であると認められるところ、これらの事情その他本件において認められる諸般の事情を考慮すると、同人の右苦痛を慰謝するに足る慰謝料の額は、金一二〇〇万円と認めるのが相当である。

(原告ら固有分)

3 葬儀費用

原告國一本人尋問の結果によれば、同原告は亡喜洋の父、原告秀子は亡喜洋の母であることが認められ、右事実によれば、原告らは、亡喜洋の葬儀を執り行い、相当額の費用を支出したものと推認されるところ、そのうち本件事故と相当因果関係に立つ葬儀費用は、各金二〇万円と認めるのが相当である。

四  相続による権利の承継

原告らが亡喜洋の父母であることは前記のとおりであるから、原告らは、亡喜洋の死亡に伴い、同人の被告に対する前記三―2の損害賠償債権を各二分の一の割合で相続により承継したものである。

五  過失相殺

原本の存在及び成立に争いのない甲第一号証の一、証人植森利一の証言、原告國一及び被告各本人尋問の結果によれば、次の事実が認められ、これに反する原告國一及び被告各本人尋問の結果は信用できず、他にこれを覆すに足りる証拠はない。

1  本件事故の発生した地点は、車道の幅員八メートルの東西に走る道路と、北東から南西への幅員七メートル(車道)の道路及び南東から北西への幅員六・五メートル(車道)の道路(以下「南北道路」という。)とがほぼ十字に交差する交差点の東側と、東西道路の交差点東側に接して設けられた横断歩道との境目付近で、右東西道路の南端から約二・二メートル北方に寄つた地点であつた。

2  被告は、本件事故直前、東西道路の左側車線(その幅員は五メートルである。)の中央付近を被告車を運転して西進して来たが、左前方の本件交差点南西角に設けられていた対面信号が赤色を表示していたので、本件交差点の手前約一〇メートル、前記横断歩道の東側の手前約六メートルの地点に停止して信号待ちをした。被告が右場所に自車を停止させた直後、東西道路の左端付近を三台ほどの単車が西進してきて被告車の左前部及び左側に停止したが、右単車は被告車の近くでエンジンを吹かしたりなどしていたため、被告はこれがひどく気になつていた。被告は、前記対面信号の表示が青色に変つたので、右単車に続いて自車を発進させ、約一八・五メートル西進した地点で自転車を後輪で踏む衝撃を感じ、その約一二メートル西方で停車した。被告は、本件事故前全く亡喜洋を発見していない。

3  被告車が信号待ち後発進して約二・八メートル西進したところ、そこから約三〇メートル離れた本件交差点北西角付近の店舗内にいた訴外植森利一は、被告車の走行音が大きかつたため本件交差点付近を見たが、その時被告車は本件交差点の手前約七メートルの地点を走行しており、本件交差点北東角付近にある東西道路の東行車線用の対面信号の表示は赤色であつた。そして、その直後1記載の地点付近で衝撃音を聞いたが、その時の被告車の速度はおおよそ時速二〇キロメートル位であつた。

4  本件事故当時、前記二つの信号機のほかに、本件交差点の南東角、北西角、南西角(ただし、北東から南西への道路用のもの)に各信号機が設置されており、これらはいずれも正常に作動していた。

5  東西道路の左(南)側は、幅員二・五メートルの歩道となつており、本件交差点の南東角に近いところは、建物及び空地があり、右空地には駐車車両があつたため、東西道路を西進する車両にとつて左方に対する見通しはよくなかつた。

6  本件事故現場付近は市街地で、本件事故当時の東西道路の交通量も三分間に二三台と決して少ないものではなかつた。

7  亡喜洋は、前記のとおり本件事故当時三歳の幼児であつたが、その両親である原告らは、亡喜洋が単独で自転車に乗つて外出し、道路を横断したりするのを何回も目撃していながら、その時は異常なく横断しているのを見て安心し、単独で外出するままにこれを放置して、同人が外出するときにこれに付き添つたり、監督能力のある者をこれに付き添わせるようなことはしなかつた。本件事故も、亡喜洋が右のように単独で外出していた時生じたもので、原告らはもとより、原告らから依頼を受けた者が亡喜洋に付き添つているようなことはなかつた。

右認定の事実及び前記争いのない事実によれば、亡喜洋は赤色の信号を無視ないし見落して東西道路の前記場所を横断していて本件事故に遭つたもので、このことが本件事故の最大の原因をなすものであり、原告らは、僅か三歳の亡喜洋が自転車に乗つて単独で外出するままにこれを放置し、これに付き添つたり、監督能力のある者をこれに付き添わせるようなことをしなかつたため本件事故が発生したものであるから、事理弁識能力を欠く三歳の幼児の監督義務者としてその監督に重大な過失があつたものというべきである。もつとも、前記の事実によれば、被告は、青色の対面信号に従つて本件交差点に進入したものではあるが、本件交差点手前には横断歩道が設けられており、対面信号が青色に変つた直後に発進して本件交差点を通過しようとしたのであるから、右横断歩道付近に横断途中の者がいることも予想され、自車が大型貨物自動車で左前方に対する見通しが必ずしもよくなかつたので、十分左前方に対する注視をして進行すべきであつたというべきであり、被告が右の注意を尽くしさえすれば、本件事故の発生を防ぐことは十分可能であつたというべきである。しかるに、被告は、右の注意を尽くさなかつたため被害者を発見できず、本件事故を発生させたものであるから、右の点に過失があつたものというほかなく、以上の諸点を総合考慮すると、被害者側の過失は七割、被告の過失は三割と認めるのが相当である。そこで、原告らの前記各金一二九六万四〇八二円の損害額に右の被害者側の過失を斟酌して七割の減額をすると、その額は各金三八八万九二二五円となる。

六  損害の填補

請求の原因5の事実は当事者間に争いがないので、この既払額を前項記載の原告らの各損害額から控除すると、原告らにはもはや賠償を求めうべき損害は残存しない。

七  結論

以上の次第で、原告らの本訴各請求は、いずれも理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 山下滿)

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